咢堂ブックオブザイヤー2016
尾崎行雄記念財団「咢堂塾」では、各分野のトップランナーやエキスパートを講師に招き、塾生に学びの場を提供しています。咢堂塾のみならず政経懇話会、咢堂講演会などで登壇いただく講師の方々は優れた著作の持ち主でもあります。
2014年より、尾崎財団の講師陣や憲政・地方自治に関わりの深い書籍をピックアップする「ブックオブザイヤー」を制定し、今年で3回目になります。
本年は以下の作品に賞を贈る運びとなりました。
選考には以下の3つの基準を設けています。
1.2016年の著作であること
2.憲政および外交・安全保障、地方自治などの分野において、すぐれた著作であること
3.その他、上記の該当に関わらず、授賞にふさわしいと判断されたもの
大賞(部門別/順不同)
国際・外交
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テロリストは日本の「何」を見ているのか
(伊勢崎賢治著、幻冬舎)
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社会・思想
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国のために死ねるか
(伊藤祐靖著、文藝春秋)
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軍事・安全保障
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戦争が大嫌いな人のための正しく学ぶ安保法制
(小川和久著、アスペクト)
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その他授賞(部門別/順不同)
政治
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「強すぎる自民党」の病理
(池田信夫著、PHP研究所)
<新版>総理の値打ち
(福田和也著、新潮社)
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歴史
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国会議員に読ませたい敗戦秘話
(産経新聞取材班、産経新聞出版)
国際法で読み解く世界史の真実
(倉山満著、PHP研究所)
教養としての「昭和史」集中講義
(井上寿一著、SBクリエイティブ)
サザエさんからいじわるばあさんへ 女・子どもの生活史
(樋口恵子著、朝日新聞出版)
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人物・評伝
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紛争解決人 伊勢崎賢治・世界の果てでテロリストと闘う
(森功著、幻冬舎)
民権闘争七十年 咢堂回想録
(尾崎行雄著/奈良岡聰智解説、講談社)
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選挙・有権者啓発
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18歳からの投票心得10カ条
(石田尊昭著、世論時報社)
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2016年の選考および授賞理由について
2015年はわが国にとって、国際社会でのわが国のあり方を問う平和安全法制関連2法(平和安全法制整備法ならびに国際平和支援法)が制定されました。
また、民主主義の成熟における試金石として改正公職選挙法が成立公布されました。
翌年となる本年2016年は各法律が施行され、自衛隊の運用が歴史的な大きな転換点を迎えました。選挙制度においても有権者の投票年齢が引き下げられ、18歳からの投票が実施されました。
その中でも尾崎財団が注目したのは、党派や政治的なスタンスを問わず、これらの問題に対していかに取り組むべきかという点でした。
2016年のブックオブザイヤーは、その指標となることを第一の選定基準といたしました。
国際・外交部門大賞の『テロリストは日本の「何」を見ているのか』は、日本にとって数ある脅威の一つ、グローバルテロリズムがわが国に焦点を当てる可能性を警告した点が高く評価されました。
圧巻は同書の第8章「テロに対峙するための新9条」に記された「ウヨクとサヨクに伝えたいこと」と題された項です。
机上の空論でない、アフリカや中東で国際紛争やテロリズムの現場を経験した実践者によるメッセージは、党派や立場を超えてすべての読者に問いかけます。
社会・思想部門大賞の『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』は、著者の伊藤祐靖氏が「国家とは何なのか?」「何のために生きているのか?」と繰り返し読者に問いかけるメッセージ性が評価を集めました。
実は政治家にとって一番大切な「政治哲学」を論じている、わかりやすい政治哲学書といえます。
現実論が先行し政治哲学が軽んじられている風潮の中で、極めて重要な問題提起をされていることが高い評価を得ました。
当財団のホームページで、尾崎行雄が訴えている「命がけの政治をしているのか」という言葉と重なります。
軍事・安全保障部門大賞の『戦争が大嫌いな人のための正しく学ぶ安保法制』は、日本の平和と安全について「そもそも」のところからの問いかけと説明が行われず、わかりにくい法制度が提示されるいっぽう、いきなり「賛成」か「反対」かを問われた、私たち国民一人ひとりに対する啓蒙をテーマに掲げたスタンスが選考委員会で多くの支持を集めました。
ある意味では為政者たる政府の説明不足と国会議員の啓発不足、そして私たち有権者の勉強不足が生んだ一冊であると言えます。
いずれの著作も「右でも左でもない」点が高い評価を集めました。
しかもその目指すところは、どっちつかずの真ん中ではなく「前へ」と向けられている点が甲乙つけがたく、3作品揃っての部門別大賞を贈ることと致しました。「右でも左でもない、前へ。」これが、各書に通底する授賞理由です。
また、大賞とはならずも各分野で注目すべき著作が今年も出版されました。
『「強すぎる自民党」の病理 』は書名ゆえ核心を見誤る可能性を持ちつつも、近年の日本における政治課題「シルバーデモクラシー」への警鐘を鳴らした点が評価されました。
『<新版>総理の値打ち 』は、初代の伊藤博文から現在の安倍晋三・内閣総理大臣まで歴代の総理大臣を採点するという大胆な試みが評価されました。首相ならずとも、その座を争った政治家たちのエピソードを綴った「実力者列伝」は、名鑑としても重宝する一冊です。
『国会議員に読ませたい敗戦秘話』は、2015年1月1日から12月24日にかけて産経新聞で連載された「戦後70年」を大幅に加筆、修正されたもので、戦後史を総覧する上でも貴重な一冊であることが評価されました。
埋もれた史実やエピソードを丹念に拾い上げた産経新聞取材班の皆様には、この場を借りて敬意を表します。
『国際法で読み解く世界史の真実』ならびに『教養としての「昭和史」集中講義』はいずれも、戦前から戦中、戦後を世界史あるいは昭和史という切り口で真っ向から取り組んだ力作である点が評価されました。
それぞれの著者でもある倉山満氏は憲政史研究家として、また井上寿一氏は政治外交史の研究家として第一線で研究と著述を行われていますが、授賞の両作品は本年のみならず、各氏にとっても渾身の大作である事を明言いたします。
『サザエさんからいじわるばあさんへ 女・子どもの生活史』は、1946年(昭和21年)4月22日に連載が開始された国民的漫画「サザエさん」を通じ、女性や子どもの視点で戦後史を辿るユニーク性が評価されました。
総ページの実に3割近くを占める巻末の「サザエさん年表」は、漫画の中で実際に採り上げられた史実や当時の文化・風俗が戦後の日本を思い出を甦らせてくれます。
『紛争解決人』は、国際・外交部門大賞の著者でもある伊勢崎賢治・東京外国語大学教授の半生を丹念に綴った伝記としての読み応えが評価されました。
わが国のみならず、国際社会においても第一線の現場を知る実践者である伊勢崎教授の人生は、時に情熱的であり、また時には抒情的でもある同氏のトランペット演奏とも重なります。
『民権闘争七十年』は、咢堂こと尾崎行雄にとって最晩年の著作であり、ある意味で集大成の一冊とも言えます。
歴代の国会議員と比べても圧倒的な数を持つ尾崎の著作の中でも、本人をして「これで私の経歴と仕事は、一通り記述されたわけである。」と書かしめただけの歳月が凝縮されています。
一方で本書の醍醐味は、尾崎の言に留まりません。奈良岡聰智・京都大学教授による解説「「憲政の神様」から見た憲政史」は、尾崎行雄が閥族打破の闘士、あるいは憲政擁護運動のシンボルであっただけでなく、一人の政治家として党人と理想家の狭間で揺れ、悩み、葛藤した側面を描き出しています。
政治家としての尾崎の生涯は、野心が全くなかった訳ではなく、ある時期は権力の中枢を志向していたことが窺えます。そしてその願いがついえた果てに辿り着いた境地について、同書の解説は以下の一文で締めくくられています。
「1921年以降の尾崎は、「政党人」としてではなく、「議会人」「言論人」として、権力の外縁から政治の理想を説き、権力の横暴に警鐘を鳴らす存在となっていった。それは、必ずしも望んでいた道ではなかったかもしれないが、彼はこの役割に徹することによって、「憲政の神様」として歴史に名を残すことになるのである。」
もしも単なる旧書の復刻に留まっていたならば、このたびの賞が贈られる事はありませんでした。奈良岡教授の解説によって、本書は一層の価値を与えられたと言えます。
『18歳からの投票心得10カ条』は、当財団の理事・事務局長を務める石田尊昭の最新著作でもあります。
有権者の投票年齢が18歳まで引き下げられた本年、数おおくの書籍が先を争って刊行されました。当財団で買い求め、精読しただけでも20冊以上にのぼります。
しかしながらその一方、その大半は来年も、更には数年後の読者にも薦められるだろうか。『18歳からの~』は時流に即しているとは言い難く、決して旬とは言えない一方、読者の皆様に伝えたい想いが類書にないものでした。
「本書は、有権者としての、ものの見方・考え方、民主主義の本質について、じっくりと考えてもらうことを目的としています。本書を通じて、「民主主義とは、どのような考え方・制度なのか。有権者として自分はどう行動すべきなのか」を、日々の暮らしの中で考え続けてほしいのです。
何の疑問も持たず、民主主義・民主政治を“よいもの”として受け入れるのではなく、本当によいものかどうか、どこがよくて、どこがダメなのか、なぜダメなのか、民主主義と“格闘”してほしいのです。」(序章「民主主義と“格闘”しよう」より)
一冊に込められた願いが他の書籍とは異なっていたこともあり、このたびの授賞を決定いたしました。
ここに掲げた全ての著作はいずれも、尾崎財団が自信をもってお奨めする良作ばかりです。
当ホームページをご覧の皆さまが2016年を振り返るに当たり、また新たな年を迎えるにあたっての羅針盤として、是非ともご注目いただき、各書の魅力に触れて頂けることを願ってやみません。