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Yukio Ozaki and his daughter
("Yukio Ozaki and his daughter" Yousuf Karsh,1950)

2018.8.2

熊谷晋一郎先生の講演で学んだこと

<きっかけは、仲本光一先生のお誘いから>


7月29日ですが、5月に政経懇話会のゲストスピーカーとして登壇いただいた外務省診療所長・仲本光一先生のお誘いで邦人医療支援ネットワーク・JAMSNET東京主催の講演会にお邪魔して来ました。

開催テーマは「医療アクセスの壁を超え、国の境界を超える未来の医療」。
会場ではロボットスーツ「HAL(ハル)」や、ペダル式の車いす「COGY(コーギー)」の展示が。更にはすべての講演がテキスト翻訳や手話通訳つきで、可能な限りのバリアフリー対策がなされていました。
来賓として挨拶された薬師寺みちよ・参議院議員が見事な手話スピーチをされていたのも驚きでした。


今回の基調講演は熊谷晋一郎・東京大学先端科学技術センター准教授による「マイノリティーの健康格差:障害・スティグマ・言語」。
近年の医療分野における法改正では当事者にとっても歓迎すべき法整備が行われている、その一方で見えない壁もまだまだ存在する。永田町では拝聴すること自体が稀なテーマゆえ、大いに興味ぶかく聴講しました。
中でも、講演の核になるキーワードとして"スティグマ(stigma)"という言葉が挙げられたのが印象的でした。



日ごろ耳にすることのない単語だけに、講演の後も色々と想いを巡らしました。今も脳裏に響きます。
講演の模様は、主催団体の公式Youtubeでもご覧いただけますので、ぜひともアクセスいただければと願います。

<イベント終盤の質問、そして見事な回答>

講演会の終盤では、同種イベントの例に漏れず、登壇者に対する質疑応答が行われました。
そうした中、興味をひいたのが某ポータルサイト系メディアの記者と名乗る方からの質問でした。

「昨今話題のLGBTについてどのように思われますか」


場内には、微妙な空気が流れました。
講演会自体は別にLGBTに焦点を絞っている訳ではない。
一方、今回の主催者でもあるJAMSNET東京理事・医師の鈴木満先生による受け答えが実に秀逸でありました。

「いただいたご質問は、あるだろうなと思っておりました。本会の終了後は懇親会もありますので、そちらで意見交換できればと思います。
この場でお答えできることは、"To be continued"であるということです」

この受け答えには目を見張りました。一本とられた、見事というよりありません。
"To be continued"、一般的な意味では、単に「つづく」、あるいは「この話は後ほど」と解釈されがちです。質問を投げかけた記者の方も肩透かしを食らったかも知れませんが(少なくとも筆者には、そう見えました)、単なる受験英語を離れて、本来の意味はどうかというと。
実はそこに、真理ともいうべき答えが込められていました。

「(この議論は)続けられるべき(=to be continued)である」。
翻って「止めてはならないし、思考停止に陥ってもいけない」。

LGBTがにわかに話題になったとは言え、こうしたマイノリティに関する問題は、当事者の立場になってみなければ思いを致すこと自体が難しい。識者の講義を聞いて、それで満足しただけでは一向に解決につながりません。
だからこそ、"To be continued"という回答がふさわしい。
質問の主にとっては狙った受け答えではなかったかも知れませんが、ある意味で質疑応答のみならず、今回の講演会の主旨、あるいはわが国にとっての様々な問題に対する見事な答えを導き出してくれたと言えましょう。

<舞台となった東大・駒場キャンパスで感じたこと>

今回の講演会は最高学府・東京大学の駒場キャンパスで開催されました。
場所柄もあるのかも知れませんが、改めて「学ぶとは何か」ということを考えさせられました。
とかく私たちは、答えを最短経路で求めがちです。だからこそ、今回のような質問でも、自分の頭で考える前に、答えばかりを求めようとする。
私とて、他人のことはとやかく言えません。冷や水を浴びせられた思いです。

大学という場所は、本来「答え合わせをする場所」ではありません。
絶対の正解がない問いに対し、自分なりの答えを探し求め、ようやく見出したものを世に問いかけていく。
そうした気づきが得られただけでも、とても有意義な講演会でした。

素敵な学びのきっかけをいただいたJAMSNET東京の皆様、東京大学の熊谷准教授、そして貴重な回答を引き出していただいた記者の方の質問には、心より感謝申し上げる次第です。