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Yukio Ozaki and his daughter
("Yukio Ozaki and his daughter" Yousuf Karsh,1950)

2018.2.12

地元メディアが開いた“パンドラの箱”

2010年代前後から、自治体議会や国政の場を問わず「政務活動費」のあり方が問われるようになりました。近年では温泉視察や切手の大量購入などが取り沙汰され、記者会見での号泣が一躍注目を集めた県議会議員なども話題になりました。
その他にも印刷物の水増し請求やガソリンのプリペイドカード購入費など、「政務活動費」という言葉自体がネガティブな意味で語られる事が多くなって久しいです。

中でも、富山市議会における政務活動費の問題は問われた対象がこれまでにないほど広範囲にわたり、全国でも類を見ないほどの辞職議員を出す結果となりました。
咢堂ブックオブザイヤー2017の地方自治部門大賞「富山市議はなぜ14人も辞めたのか」は、富山県の地元テレビ局・チューリップテレビの取材班が同問題を取り上げ、市議会が出直しを図るまでの経緯を綴っています。テーマゆえに決して爽快な読後感は得られませんが、多くの教訓にあふれる一冊でした。

取材の発端となったのは同市議会で2016年4月に浮上した「議員報酬引き上げ問題」ですが、それまで40あった議席の削減(2議席、削減後は38議席)と引き替えに求められたのが報酬の引き上げでした。
今回のブックオブザイヤー選考で地方自治部門大賞を同時に授賞した「地方自治講義」(今井照著)でも冒頭に「議員報酬は高いか安いか」という問題が語られていますが、「富山市議~」はこうした「政治と金」の根本的なテーマへの取材から幕を開けます。

同書の取材班は地方政治における議員報酬および政務活動費のあるべき姿を丹念に掘り下げ、疑惑の議員たちに正面から問いかけます。
ただしその取材方法は決して一方的な「身勝手な正義」ではなく、個々の議員たちの「良心を問う」ものでした。

なぜ、こうした徹底密着の取材報道が成立したのか。
おそらくは、取材する人々がその地域で日々を営む生活者であると同時に、政務活動費の源泉でもある血税、その納税者であることも要因にあげられましょう。
せっかく納めた税金ならば、より有効に使われて欲しい。そうした納税者・生活者としての視点は、全国ネットワークの大手報道機関ではほとんど見られないものです。


取材班のメンバーは地元出身の方もいれば、縁あって富山に住まう方もいて様々です。一方で、地域メディアという特性もあり、少なくとも舞台となった富山市の生活者であり、納税者でもありました。一人ひとりが、有権者としても取材の現場を背負っている。決して見逃すことの出来ない点です。
これは同書に記されていない「行間」の部分ですが、恐らくは取材に立ち向かうチューリップテレビの方々は、苦しい戦いの連続であったのではと察します。
面識もあり、ともすれば人となりを直接知る取材対象も少なくなかったことでしょう。
そして何よりも、一連の不正追及は民間企業でもある同局にとって「自らの懐を裂くのに等しい」返り血を浴びる覚悟が求められる行為であっただろうと思われます。
全国からどのように富山市が見られているのか、それを痛切に感じながらも進めてゆかなければならなかった。
決して揺らぐことのなかった取材および報道の姿勢は、ジャーナリズムの視点としてはもちろんのこと、経営判断としても正しかったと思います。
単なる不正あばきに堕することなく、そこには「ふるさとを良くしたい」そうした想いに貫かれていました。

だからこそ、辞職を決断した議員たちからは「チューリップテレビさんにはお話します」と自ら開示したり、人としての弱さや、議員である前にその地域に住まう市民の一員でもあることの本音が聞かれました。
中でも、ある議員は辞職の決断理由として「孫がじいちゃんテレビに出てたねとか、新聞で見たよとか言うわけです。それが辛い」と語りました。
そして地元の有権者からも、議会の傍聴席で「初心を忘れるな!」という声が場内に響き渡ったそうです。そうした声も丹念に掬い上げていたことが、このたびの授賞の決め手となりました。
刺激さえ強ければいい、数字さえ稼げればいい。そうした風潮のある大手メディアとの違いや、地域に根ざし、ともに生きる地元メディアの矜恃を感じさせる記述でした。

私たち尾崎行雄記念財団の「咢堂ブックオブザイヤー」は、名だたる文芸賞と違い、権威でもなければステータスのシンボルでもありません。
ただ「いいものは、いい」。売れ行きや話題性ばかりが先行するわが国の出版業界において、本当に大事なものは埋もれさせてはいけないと強く思います。

今回の選考および「富山市議~」の地方自治部門大賞決定にあたり、私たちはある想いを込めました。
それは、同書を通じて富山市議会が地方政治復権の旗標になってほしい。
有権者の関心と、それにこたえるだけの議員、双方が育って欲しい。
そして何よりも、いまや形骸化してしまった「社会の木鐸」という言葉を、メディアは取り戻して欲しいということです。
チューリップテレビの方々は、そうした気概をもって事にあたり、取材においては危険を顧みず、もって視聴者の負託にこたえようとしました。
同書はそうした悪戦苦闘の記録でもあり、また富山市の未来を切り拓くための一冊でもあります。

もしかしたら、同局の方も本コラムをお読みくださっているかも知れません。
ここから先は、チューリップテレビ取材班の皆様への公開リクエストです。

いつの日か、今回の一連取材の続編として「市議会は変わった」というテーマの番組を制作いただきたいのです。
一連の政務活動費不正事件を報道したことがきっかけで、市議会と富山市当局、そして市民の間に、ほどよい緊張感が保たれるようになった。
報道によって地に墜ちたかに見えた議会が、いまでは最先端の改革モデルとして全国の自治体議会に胸を張れるまでになった。
所属する議員もみな勉強熱心で、見聞を広め、市政に反映させようと切磋琢磨している。県外に視察や勉強に出かけても、それが市政に活かされていることを、日ごろの発信や市政報告会、報道を通じて実感することができるようになった。
そして最近では「これだけ頑張っているんだから、もう少し政務活動費を増やしてあげてもいいんじゃないか」そういう声も、政治を見る眼の肥えた市民の間から聞かれるようになった。
その日が訪れることを、私たち咢堂ブックオブザイヤー選考委員会は願ってやみません。

さて、本書の見出しには「開いたパンドラの箱」と題された項があります。
パンドラの箱といえばギリシャ神話の中でも有名ですが、ゼウスの神が世のすべてを封じ込めた箱(一説には壷)を、地上最初の女性・パンドラに「決して開けてはならぬ」と言いながら渡した物語です。

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地上に降り立ったパンドラが好奇心から箱を開くと、そこからはありとあらゆる禍いが外へ飛び出した。
それが世の中の災いの元になって現在の世界を作る元となったが、箱の中には禍いと共に、一片の「希望」が残されていた。
だからこそ世の人々は、様々な災厄と直面しながらも、決して希望や願いを捨てることなく、今も生きていくことができる。
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チューリップテレビ取材班が開いた「パンドラの箱」は、たしかに多くの禍いを炙り出すきっかけとなりました。相当の痛みも伴ったことでしょう。
それでも、最後に残ったのは神話と同様「希望」だったのではないか。
授賞作品を改めて読み返し、私たちはそのように解釈しています。

最後に、同書に記された「チューリップテレビのおもな登場人物」の皆様に敬意を表し、実質の授賞者としてクレジットを転載いたします。(掲載順、敬称略)


砂沢智史(富山市政記者)
宮城克文(ニュースデスク)
五百旗頭幸男(キャスター)
安倍太郎(警察・司法記者)
谷口菜月(アナウンサー、富山市政記者)
毛田千代丸(アナウンサー、警察・司法記者)
京極優花(富山市政記者)
小澤真実(富山県政記者)
高岸奈々子(記者)
西美香(アナウンサー、キャスター)
槇谷茂博(特集デスク、記者)
中村成寿(報道部長)
服部寿人(報道制作局長)

あしたに、もっとハッピーを。チューリップテレビ公式HP