2018.1.28
現代の尚武論『自衛官の心意気』
「陸海の軍備整頓すといえども、国民壮武なるに非ずんば、国もって強きことを得ず。」
出世作『尚武論』に咢堂・尾崎行雄が自ら寄せた序です。
現代流に訳するならば「いくら軍備を整えても、国民の士気の高まりなくして強国たりえることは無い」という意味ですが、「ブックオブザイヤー2017」で特別賞を贈ることとなった『自衛官の心意気』は、ある意味で尚武論の直系であり、現代版であると言えましょう。
著者の防衛問題研究家・桜林美佐さんには昨年7月に憲政記念館で開催された安全保障シンポジウムでもコーディネーターを務めていただきました。
夕刊フジの人気連載「誰かのために」や、東日本大震災における自衛隊の活躍を綴った名著「日本に自衛隊がいてよかった」の著者でもあります。
なぜ、このたびの特別賞を贈ることになったのか。幾つかの理由があります。
「咢堂ブックオブザイヤー」は尾崎行雄の雅号を冠していることもあり、いわゆる文芸作品を対象とした賞ではありません。政治や社会問題を扱った書籍、あるいは自ら文筆家でもあった尾崎行雄との関係性も考慮されます。
尾崎行雄といえばふたつの「ふせん」、普通選挙とならんで不戦が代名詞でもあります。
一方で尾崎自身は単純な軍事否定論者ではなく、その思想も「いかに国家の繁栄を担保するか、そのための方策として、どうすれば諸外国と一戦を交えずに済むか」というリアリズムによるものでありました。
軍備や軍事に対する理解はむしろ高く、東京市長時代には日露戦争の功労者を自ら率先して激励しています。
当時の経緯は「東京市長・尾崎行雄」中、「市長と日露戦争」の項にも詳しく描かれています。そういう意味では、冒頭に掲げた「尚武論」から晩年の世界連邦建設運動にいたるまで、尾崎の信念は一貫しています。
『自衛官の心意気』は、軍事・安全保障部門大賞となった『日米同盟のリアリズム』『主権なき平和国家』の2作品と異なり、わが国の防衛力を形成する自衛官の一人ひとりに焦点が当てられています。
なぜ、自衛官は頑張れるのか。そして、国民はその実像を果たしてどれだけ正しくとらえているだろうか。
そうした問題提起のきっかけとして大いに注目し、特別賞を贈ることとなりました。
本稿を綴る数日前ですが、群馬県・草津白根山で発生した噴火によって陸上自衛隊第12旅団第12ヘリコプター隊所属・伊沢隆行3等陸尉(陸曹長より特別昇進)の殉職が報じられました。
『自衛官の心意気』は事故発生前の作品ゆえ伊沢3尉に関する記述こそありませんが、任務にあたり常に抱き続けていたであろうその心意気は寸分の違いもなく描かれています。
わが国にとって、そして私たち国民一人ひとりにとって、自衛官とはいかなる存在なのか。同書はそのことを教えてくれます。
亡くなられた伊沢3尉には、改めて哀悼の意を捧げます。
そして一人でも多くの方に、書籍を通じて伊沢3尉はじめ、現場で任務に邁進される自衛官の心意気に触れていただける事を願ってやみません。